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作左衛門 江戸見聞記 八

江戸時代のモノの値段 一
少しリニューアルして、お江戸の世界をご紹介していこうかと思います。
私の自分勝手な歴史観と、あやふやな江戸時代考察に御付き合いいただければ幸いです。
とにかく、調べれば調べるほど深くはまり込み、興味が尽きない江戸時代でございます。

私達が現代の世界に生きているということは、間違いなく何代か前、しかもそう遠くない時代に祖先は生きていて、人生を謳歌していました。近いところでは、お爺ちゃんの親父さん、またはその親父さん達。ちょん髷を結って着物を着、下駄や雪駄の音をさせて、長屋横丁に暮らし、煙管(きせる)を小粋に咥え、通りに新しく開店した蕎麦屋に上がり込んで、「てやんでえ、こちとら江戸っ子でい。つゆにゃ、たっぷりと山葵を入れてくんな」なぞと言いながら、涙をため辛いのを我慢して蕎麦切りをすすってました(^^)

一般に江戸時代とは徳川家康が天正18年(1590)8月に江戸城に入り、沸騰するような時代のうねりの果てに1868年9月8日、明治と改元するまでの約278年間を言います。極初期の頃はまだ、秀吉や秀頼が生存しています。秀吉が没し、前田利家、石田光成、伊達政宗、毛利輝元、上杉景勝、長宗我部盛親などが、ふてぶてしく傍若無人な家康(当時は他の大名同様にまだ秀吉の家来筋です)に抵抗していましたが、粘り強い家康に軍配は上がって(紆余曲折はありましたが)名実ともに家康の天下となり、日本の国の中心を江戸に改めます。そして、家康、秀忠、家光と三代に渡って江戸城を中心に約300の町並みを形成しました。町屋は日本橋、京橋、神田地域を中心に、下屋、浅草、四谷、芝、三田、新宿など街道の出入り口にも町人の家が立ち並びはじめます。また江戸に住み始めた人々は、上方からの江戸出店、三井越後屋、近江屋などの大店(おおだな)は地元出身者で、各国の大名の江戸藩邸も国元出身者です。こうして、江戸は諸国からの人々の入れ込み地としてスタートしたのです。いろいろな国からの人々がごった煮のように寄り集まってできた町…現代でいうニューヨークに近いかもしれせん(笑)。
私がもっとも興味あるのは、江戸爛熟期と言われた元禄時代(1688~)からこっちです。綱吉の悪法で有名な生類憐みの令(1687)ができた頃ですね。

江戸時代の経済は建前として米が中心でしたが、商人の台頭により実質的にはお金の流通で成り立っています。約270年間という長いスパンなので、レートも大分開きがあります。例えば慶長年間に家が一軒1両か2両で買えたのが、数十年後の元和年間になると100両以上となります。そして、人口が爆発的に増加し商工業が活発になるにつれ地価が高騰し、「土一升が金一升」と言われるようになります。この頃からバブルは存在してました(笑)

モノの値段というものには興味が尽きません。かけ蕎麦一杯、今なら立ち食いで400円前後ですが、江戸時代に登場する蕎麦とはいくらぐらいなのだろう?よく言われるのは十六文です。で、十六文とは?……調べてみると一文が約25円で、やっぱり400円ぐらいなのです。へぇ~、今と変わらないじゃん……という感想をもちました。
そこから、モノのいろいろな値段を調べてみました。


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